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『ゴッド・ファーザー』や『地獄の黙示録』で有名な映画界の大巨匠、フランシス・フォード・コッポラの娘であるソフィア・コッポラの描く、家族をテーマにした作品です。 

プロットに起伏があまり多くないため見所がいまいち分からない、という声もちらほら聞こえるので、ここでは筆者の個人的解説、というよりは解釈をすこし示してみようと思います。Twitterでは文字数が足りませんでした。

 

1. 車の役割

作品が始まって、まず一番はじめに映し出されるのは、サーキットを延々と疾走し続ける豪華なスポーツカー。爆音と砂埃を舞い上げながら何十秒もの間、画面の中から消えたり映ったりを繰り返します。初見の観客はポスターから受けるイメージとのあまりの落差に半ば呆然としてしまうのではないでしょうか。実はこのシーンが本作のテーマを具現化したシーンとなっています。

華やかな見た目とけたたましいエンジン音は、毎夜パーティーで遊び歩いてはストリッパーを部屋に呼びこむ主人公の生活そのもの。そしてその生活を繰り返している限り、彼の人生も車が走り続ける環状のサーキット同様、変化やゴールを迎えることはないのです。

この場面の他にも、本作には車が重要な役割、記号的な意味を持つ演出が随所に見られるので、そこに気をつけなながら鑑賞するとおもしろい体験ができると思います。

冒頭と同じように、物語の最後も車のシーンで迎えますが、はたして主人公ジョニーはどのような選択を取るのでしょうか。実際にご覧になって、確かめてみてください。(ネタバレ回避しました)

 

2. 音楽

ソフィア・コッポラといえば、挿入歌やSEへのこだわりが強く、選曲の非常に素晴らしい監督という印象があります。同監督の作品に『ロスト・イン・トランスレーション』や『ヴァージン・スーサイズ』がありますが、どちらも非常に挿入歌の選曲に優れており、耳でも楽しむことができる作品なので、音楽が好きな方にはおすすめします。

そんなソフィアが今作では、「できる限り音楽は使わないで静寂を大切にした」とインタビューで語っていた通り、全編を通してときどき身を刺すような静寂が訪れます。映画館で観たかったです。成人男性が一人暮らしをするとこうも静かなのか!と痛感してしまうほど、セリフを含め音が少なく、主人公の孤独感がひしひしと伝わってきます。 

とはいえ挿入歌がまったくのゼロというわけではありません。個人的には、Foo FightersのMy Heroにのせて主人公の部屋でストリッパーの女の子がポールダンスをするのはおもしろすぎると思いました。

 

3. カメラワーク

前作『マリー・アントワネット』では、主人公に寄り添うように主観的なカメラワークが多く、観客、とくに若い女性からの共感が得やすいような演出でしたが、今作は打って変わってロングショットがとても多くみられます。父娘どちらかの主観というのはあまりなく、引きのカメラワークがほとんどでした(ポスターにも使われてる、プールサイドで椅子に座って日光浴してるシーンなどが顕著な例だと思います)。

父と娘の本当に些細で日常的な出来事を遠巻きに、しかしどことなく優しさや愛おしさを感じる距離から撮影されています。では、これは誰の視点なのでしょうか?やはり、ここまでふたりの時間を幸福感を持ってみられる視点というのは母親(妻)のものに他ならないのではと思います。調べてみたところ、やはりソフィア・コッポラ自身が妊娠し、母親になってはじめて撮った作品でした。

ソフィアはインテビューで「同じ父と娘であっても、ジョニーとクレオの関係と私と父の関係はまったく違う」ときっぱりと断言しており、またF・F・コッポラがどのようなお父さんだったのかはわたしにはわかりませんが、娘が自分と同じ職業を選択し、父と娘の関係をテーマにこのように素晴らしい作品を創りあげているという事実に、わたしがF・F・コッポラだったらなんとも幸せなことだなあと感じるような気がします。