ワン!

映画だいすき〜

風立ちぬ

1.二郎と菜穂子の恋愛

公開当初わたしは小学生で、その頃から映画口コミサイトを閲覧するのが好きでした。特に風立ちぬに関しては賛否がかなり分かれていて、印象的だったことを覚えています。その中でも、特に心に残った言葉がありました。「主人公2人の恋愛はこの映画には必要なかった。更に言えば、菜穂子自体登場させる必要がなかった。」というものです。結論から言うと、わたしは絶対に必要だったと考えています。次郎と菜穂子は、そして2人の恋愛は、『普通ではない』ものだったからです。

普通、戦時中の暮らしと聞いて思い浮かべるのは、不衛生で質素、贅沢からかけ離れた苦しい生活ではないでしょうか。しかし、この映画の主人公2人の生活はそうではありません。飛行機開発会社に勤める東京帝国大卒の秀才航空技術者である二郎。裕福な家庭で生まれ育ったお坊ちゃまエリートです。菜穂子も同様で、東京の代々木上原に住む絵画が趣味の資産家の令嬢。絵に描いたような、"良いところのお嬢さん"ですね。『火垂るの墓』とは正反対、2人は戦争の可哀想な犠牲者ではありませんでした。要は地震も、火事も、貧困も、そして戦争も、2人の命にまで関わるような要因ではなかったのです。

では、二郎と菜穂子の愛を妨げるものはなんでしょう。それは菜穂子の結核という、戦時中であろうが、戦前であろうが、現代であろうが、日本だろうが外国だろうが、いつでもどこでも死因になり得る『病気』という存在です。わたしにはこれがとても好印象でした。二郎の戦死や菜穂子の食糧不足による栄養失調での死が原因だったなら、戦争の悲惨さを伝え、もう二度と繰り返してはいけないというメッセージをわたしたちに伝えるのはもっと簡単かつ確実だったでしょう(もし宮崎駿がそうしたいと思っていたならの話です)。

しかし、宮崎駿はそれをせず、またあの時代に存在した『社会格差』をあけすけに肯定しました。守られ、大切に扱われた立場のものと、そうでなかった立場のものがいたこと。少数の選ばれたものたちが、目的のために多くの選ばれなかったものたちを犠牲にしたこと。つまり普通はめでたしめでたしで締めくくられるはずの、二郎の追いかけた夢の実現(戦闘機を完成させたこと)が、どこかで誰かの命を奪う要因になったこと。これらを肯定したことに、宮崎駿の覚悟を感じました。ちなみに、ジブリ作品でヒロインが劇中にて亡くなるのは『火垂るの墓』の節子以来らしいですね。

 

2.二郎の夢の追求

自分の生活や周りを犠牲にすることをも厭わないほどのなにかへの熱というのは、思春期の若者を描写する際にしばしば一緒に描かれる表現です。若さゆえに周りが見えず、そしてなにかを疑うことなく信じ、なにかに全力に一直線である。しかし、二郎の熱は大人になっても冷めませんでした。近眼のせいで幼い頃にパイロットの夢を一度諦めていることも、関係しているのかもしれません。

『大人になっても夢を追い続ける』というのは、一見、少年の心を失わない素敵な大人に見えるかもしれません。しかし、二郎の夢の追求には様々な犠牲がありました。家族への思いやりには乏しく、時間や予定にはルーズ。妻の愛の言葉に返すのはいつも「綺麗だよ」。鯖の骨の曲線の美しさをみたときと同じセリフです。家族といるときよりも、妻といるときよりも、夢の中で生きている二郎がもっともいきいきと描かれています。また、前述の通り二郎が作っているのは戦闘機です。爆弾を積んで戦場へ行き、人を殺すことを目的とした道具です。しかし、それでも二郎は夢を追い続けます。

飛行機が完成し、試験飛行の朝、病状の悪化していた菜穂子は置き手紙を残して二郎のもとを去ります。好きな人に美しい自分だけを見せたかった古き良き日本女性。本当にそうでしょうか。わたしには、これが菜穂子の復讐にしか思えませんでした。少年の心を忘れず、自分の中の美しさを追求し続けるあまり、多くの犠牲を出す夫に、わざと『美しさに終わりが来る』ということを教えてあげない。それが菜穂子の、自分以上に夢を愛した夫に対する、最後の仕返しだったのではないでしょうか。

宮崎駿は企画書に「自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない。二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能においてもっとも抜きんでていた人間である。それを描こうというのである。」という言葉を残しています。ここでわたしは宮崎駿の二郎への自己投影を感じました。この映画は宮崎駿の罪の告白かもしれません。そしてわたしは2人を少し羨ましく思います。わたしには2人のような才能がないし、自分の中の美を追いかけ続ける権利は、才能あってこそではと思うから。

 

ちなここまで書くのにばり時間かかった。おしまい